print logo
International Network of Street Papers
YYY: 社会の未来はあるのか? 子ども、若者に“社会投資”しない日本

社会の未来はあるのか? 子ども、若者に“社会投資”しない日本

 The Big Issue Japan 04 June 2019

子どもの貧困がにわかに社会問題化する中で、児童福祉の現場では何が起こっているのか? 日米の児童福祉の現場経験があり、『子どもの最貧国・日本』の著者である山野良一さん(児童福祉司)に、その実態を聞いた。  - By Kazuhiro Hida

(タイトル)

社会の未来はあるのか? 子ども、若者に"社会投資"しない日本

――「子どもの最貧国・日本」の現場から

(リード)

子どもの貧困がにわかに社会問題化する中で、児童福祉の現場では何が起こっているのか? 日米の児童福祉の現場経験があり、『子どもの最貧国・日本』の著者である山野良一さん(児童福祉司)に、その実態を聞いた。

(小見出し)開かれたパンドラの箱。貧困が、子どもを複合的かつ重層的に蝕む

昨年、山野良一さんは『子どもの最貧国・日本』を出版した。その著書の中で出色だったのは、貧困が子どもたちの発達にいかに影響しているかを、アメリカの研究を中心に紐解き、分析した点だろう。

 

たとえば、「貧困下にある母親は低体重出産するリスクが高い」「乳幼児期の貧困は脳の発達を阻害し、運動機能の遅れや不安感・集中力の欠如を持ちやすい」「貧困ライン以下の所得しかない家庭の子どもは、豊かな家庭の子どもに比べ25倍もの高さで児童虐待・ネグレクトの危険にさらされている」など、その事例は枚挙にいとまがない。日本でも、家庭の経済力の差が子どもの学力に影響を与えることは知られるようになった。だが、アメリカの数々の研究は、家族の所得そのものが、学力だけでなく、子どもの身体の発達や健康、さらには情緒面の広範囲にいたるまで深く影響していることを示唆するものだった。貧困が複合的かつ重層的に子どもの発達を蝕んでいくさまは、背筋に寒気を覚えるほどの衝撃がある。

 

「僕自身、アメリカに行って、驚いたんです。大学院のパソコンで"貧困"と"虐待"で検索すると、貧困下で育った子どもは風邪をひきやすいとか、下痢をしやすいといった、本当に貧困と関係があるの?と思うような論文が次々に出てくる。子どもの発達を扱う有名雑誌には、貧困と子どもの研究が毎号のように1本は載っていて、アメリカでは子どもの発達が貧困と明らかに関係しているという認識だった」

 

本を書きながら、山野さんは「パンドラの箱を開けた実感があった」とも話す。というのも、日本の発達心理学の世界では、子どもの発達の問題を家族関係や学校関係の中で語ることはあっても、もっと大きな社会経済的な関係の中で語ることは皆無に等しいからだ。

 

「本当は研究者も、僕のような児童相談所の人間や学校の先生もそうですが、実際に現場で子どもたちに出会っている人たちはみんな、貧困が子どもの発達に何らかの影響を及ぼしていることに明らかに気づいて、でもスティグマ(汚名の烙印を押すことで生じる社会的な不利益)の問題もあって、これまでなかなか言い出せなかったと思うんです」

(小見出し)児童虐待は、病理か貧困か。ニューホーププログラム「収入維持実験」

05年に、渡米。現地の大学院で社会福祉を学ぶかたわら、児童保護局やスラム地域の学童保育所などでインターンとして働いた。児童相談所で働く一介のソーシャルワーカーであった山野さんをアメリカに向わせたのは、児童虐待に対する社会のまなざしと、実際に出会ってきた家族との間に「圧倒的なズレ」を感じたからだった。

 

「日本で児童虐待というと、母親の育児ノイローゼや虐待の連鎖など、親の病理的な意識や人格を問題にすることが現場でも一般的なんです。『虐待は病気であって、だから治せる』と言う人もいるぐらいで、個人の問題に焦点を当てて、カウンセリングして解決していく。でも、僕が児童相談所で出会う家族は、年収300万以下、月収10万そこそこという人たちが圧倒的に多くて、そうじゃない家族を見つけ出す方が難しいぐらいなんです。そうすると、彼らは働いても働いてもラクにならないワーキングプアの中で生きているわけだから、カウンセリングを受けさせようにも、忙しすぎて時間がない。しかも、カウンセリングは無料じゃないから、通うことだって難しい。なにか、基礎を打っていない、コンクリートの土台がないところに家を建てようとしているような感じがあって、組み立てても壊れちゃうのは当たり前だと思うんです。そもそも彼らの生活が安定していない限り、カウンセリングの効果も出るわけがないですよね」

 

児童虐待は、病理か、貧困か。それは、アメリカでも意見が二分される答えのないテーマだった。だが、児童虐待と貧困が強い関連性を持っていることは多くの人が認めざるを得ない事実として受け止め、貧困問題からアプローチする動きも広がりつつあった。また、「収入維持実験」と呼ばれる、日本では想像もつかない驚くべき研究も行われていた。これは、無作為に選んだ実験グループの家族にいくつかのサービスを提供して収入を増加させる試みで、ニューホープと呼ばれるプログラムでは、通常の福祉サービスとは別に、仕事探しの援助や保育補助金、さらには家族の所得を貧困ラインまで上げる支給金などを提供。その調査の結果、子どもたちへのポジティブな影響が見られたというものだった。

 

「つまり、貧困家庭の人たちはヤル気がなくて、生活態度が悪いからそういう境遇になったんだ、自己責任だというのが一般的な社会の見方ですよね。日本で言えば、お金をあげたって、どうせパチンコですってしまうにきまってると。でも、この実験では違う現実が見えてくるわけです。所得保障したり、保育や医療、仕事などのケアをしてあげると、彼らも生活を向上させる行動をし始め、家を買うために資金を貯めたり、働く時間や賃金が増えたりして、子どもたちの発達にすごくいい影響があった」

 

(小見出し)私たちは、子どもを社会的にネグレクトし続けている

 

「貧困大国」「虐待大国」と言われるアメリカで、山野さんが強く感じたのは、意外にも「右往左往しながらも、社会や福祉を変えて良くしていこうとするソーシャルアクションの躍動感」だった。そんな中で、日本の課題も痛感したという。

 

「欧米では、子どもや若者の貧困を放置すれば、社会的な生産性が上がらないし、結果的に大きな社会的コストがかかるというコンセンサスがある。子どもたちに投資しない限り、この国はどうやったってうまくいかないという社会投資的な意識が強いんです。そういうことが、日本の、とくに自民党の人たちになぜ理解されないのか、僕は本当に分からないんですね」

 

逆に、アメリカで出会った、ソーシャルワークを勉強しに来た第三世界の若者たちの多くは、「母国に帰って国をつくる」という意識を強く持っていた。皮肉にも、そんな彼らに日本という国はうらやましがられた。

 

「白人でない国の中で唯一、短期間で経済発展できたすばらしい国だと言って、『日本が発展できた理由を俺は知ってるよ』と言うわけです。なにかというと、一つは勤勉性。二つ目は、明治政府がいち早く教育に取り組み、第三世界の中で初めて義務教育を取り入れたからだと言うんですね。でも、120年後の今の私たちはどうなのか。日本の教育に対する投資はOECD諸国中最低で、子どもに対する福祉も最低です。とくに教育費の問題は深刻で、ヨーロッパの国々では高校や大学まで教育費がほとんど無料なのに、日本は国公立大でも年間50万円、東京首都圏の私立大だと年間200万円。これは、平均年収が200万円と言われるひとり親家庭の子どもは大学に行くな、と言ってるのと同じですよね。こんな国に、本当に未来があるのかと思ってしまうんです」

 

現在も、児童相談所への相談は満杯の状況で、一時保護所は常に定員を超え法律違反の状況が常態化している。山野さんは、今も貧困な子どもや家族の生活状況は悪化し続けているという。

 

「子どもの貧困率の上昇をまったく問題としない政府をはじめ、私達はいまも貧困化にある子どもたちを社会的にネグレクトし続けているんです」

(稗田和博)

 

【プロフィール やまの・りょういち】

1960年、北九州市生まれ。北海道大学経済学部卒業後、神奈川県に入庁(福祉専門職)。現在、神奈川県内の児童相談所勤務(児童福祉司)。05年から07年にかけて、米国ワシントン大学ソーシャルワーク学部修士課程に在籍し、児童保護局などでインターンとして働く。ソーシャルワーク修士(MSW)。著書に『児童虐待のポリティクス―「こころ」の問題から「社会」の問題へ』(共著、明石書店)、『子どもの最貧国・日本 学力・心身・社会におよぶ諸影響』(光文社新書)がある。

 Other Language Versions

recently added

test